ガイテン!外資系IT企業に転職する_インタビュー2

インタビュー

[日系ネット企業→大手外資系IT→大手外資系IT] 転職者インタビュー(2) 武田ヨシミさん

更新日:

外資系IT企業勤務者インタビューの第2弾は、当サイト管理人の武田ヨシミのインタビューです。

同じく当サイト管理人のラッコ先輩がインタビュアーとして話を聞きました。

武田ヨシミさん(30代後半)

2002年、日系ネット企業に新卒入社(企画職)。
2007年、外資系IT企業B社に転職(マーケティング職)。
2015年、外資系IT企業C社に転職(マーケティング職[現職])。

ラッコ先輩
では、よろしくお願いします。武田さんは、東大・帰国子女なので、新卒の就職は楽勝だったのではと思いますが、どうでしたか。
武田ヨシミ
こういっては何ですが、楽勝でした(笑)。大手メーカー、金融、コンサルなどから内定をもらいました。当時、インターネットに可能性を感じていたので、ネット系の企業に行きたいと思い、大手メーカーの子会社のネット企業に入社しました。
ラッコ先輩
この会社、今もある会社でそれなりに知名度はありますが、「大手の子会社」というイメージが強いですよね。東大を出て、あえてメーカー子会社に入る、というのはなかなか想像しにくいです。
武田ヨシミ
それを話すには、うちの父の話をさせてください。父は大手日系メーカーの技術者で長期間アメリカ在住、私も帰国子女としてアメリカに長くいたのですが、父を見ていると「大手の会社に入って長く終身雇用でいると、抜けられない」と思いました。よって、他の東大生が取らなさそうな選択肢を取ろうと思いました。
ラッコ先輩
もともと転職することが前提だったのですね。
武田ヨシミ
転職するにせよ、しないにせよ、自分の住む場所を選べるプロになりたいと思いました。転勤が嫌だったら、断ってさくっと転職できるような人材になりたかったですね。
ラッコ先輩
入社して担当されたのは企画ですが、どのような内容でしょうか。
武田ヨシミ
海外のオンラインゲームを日本に持ってきて、サービスを立ち上げるという内容です。私は英語ができるので、翻訳などを中心で行うはずが、メンバーがバタバタと倒れてしまったので、一番の古株になって、ゲームの終了まで見届けました。
ラッコ先輩
海外のオンラインゲームを持ってくるとなると、かなり英語は使いそうですね。
武田ヨシミ
当時は、オンライン会話の品質も悪かったので、もっぱらMSNメッセンジャーなどのパソコンのメッセンジャーアプリで、海外の開発元とやり合っていました。開発者ではないのですが、いつのまにか、担当ゲームについては最古参になり、プロダクトマネージャーという肩書がついて、マーケティングを担当するようになりました。
ラッコ先輩
オンラインゲームのマーケティングなので、ネット中心のマーケティングですね。
武田ヨシミ
当時はまだSEOという言葉も、そこまで一般的でなかったので、広告の効果検証もいい加減でしたね。
ラッコ先輩
そして、その後転職を考えたという流れですが、理由は何でしょうか。
武田ヨシミ
私の所属部署なのですが、10人中5人が休職になったんですね。上司がひどい人間だというわけでもないのですが、みな自主的に長時間労働するようになってしまったのと、人数が少なくて代替が利かないことも原因でした。真面目な頑張り屋さんほど休職していました。仕事は面白かったですが、担当のゲームも下火になってきたので、社内で調整して「終了」させることにして、そのタイミングで会社を辞めました。
ラッコ先輩
すぐに転職活動したのですか?
武田ヨシミ
いいえ、せっかくの休みだと思い、1カ月休んで、その後転職先を探しました。1カ月間は、バックパッカーで東南アジアを旅行していました。
ラッコ先輩
転職先はどのように探したのですか?
武田ヨシミ
最初は企業に直接応募していました。しかし、書類が落ちたり、面接が落ちてもフィードバックがない。「私のどこが悪いの?」と考え込んでしまうんですよね。もう会社辞めてしまっているので後がないですし。それから人材エージェント数社に申し込んで、転職活動しました。ここからはスムーズでした。
ラッコ先輩
転職に際して、人材エージェントは何社使いましたか?
武田ヨシミ
3社だったと思います。このうち1社の女性の担当者が大変できる方でしたので、3回か4回会って相談したと思います。
ラッコ先輩
ここで、大手外資系IT企業のB社に転職されたのですね。
武田ヨシミ
B社はネット系企業のイメージがなかったので、あまり興味がなかったのですが、一部コンシューマ向けの事業をやっていました。エージェント経由で、英文の履歴書・職務経歴書を送りました。
ラッコ先輩
英文だけなのですね。
武田ヨシミ
私の応募したポジションは、JD (Job Description: 職務記述書) が英語のみでしたので、英語だけ送ればOKだろうと。
ラッコ先輩
ちなみに、武田さんは英語は全く問題ないですか?
武田ヨシミ
はい、全く問題ないです。父が私にくれた不労所得ですね。TOEICは900点台後半だったと思います。ただ、英語が問題なく話せれば、TOEIC何点ですか?などと聞かれることはありません。
ラッコ先輩
転職時の面接について教えてください。
武田ヨシミ
まずは、人事担当者と面接でした。その担当者の方が面白い方でした。面接のはじめに、「私は人事担当者なので、基本あなたを通したいと思っています。お互い、後悔のないようにお話しさせてください」と始まりました。別な会社を何度か落とされていて、結構緊張していたので、緊張がほぐれたことを覚えています。
ラッコ先輩
面接ではどのようなことを聞かれたのですか。
武田ヨシミ
面接官からは「このポジションで求められることはこのようなことです。このような能力が必要です。」という説明がありましたが、「レジュメを見ると、問題ないようですね」と能力的な確認はあっさり終わりました。その後は、「何でも質問してください」と言われ、仕事内容、給料、カルチャーなど色々確認しました。
ラッコ先輩
これで問題なく面接を通過して、次が二次面接ですね。
武田ヨシミ
二次面接は、部長クラスが2名出てきました。これまでやってきた仕事の説明が中心で、途中に「こういうネット系の製品を扱っていたマーケッターの方が必要なんですよ」と言われて、「おお、これは行けるかも」と思いました。
ラッコ先輩
こちらもあっさり通過で、最後が役員面接だったのですね。
武田ヨシミ
役員1名と本部長1名と食事をしに行きました。役員がアメリカ人で、本部長が日本人で、ずっと英語での会話でした。私は以前ニューヨークに住んでいたのですが、役員もニューヨーク生まれだったので、会話の半分くらいはニューヨーク話だったと思います。過去担当していたゲームについて、日本でリリースするためにどのように苦労したか、という点を一番聞かれました。「色々な壁をガッツで乗り越えましたね」と言われたのが一番うれしかったですね。
ラッコ先輩
そして入社ですね。大手外資系IT企業でどのような仕事をしていたのでしょうか。
武田ヨシミ
アメリカ本社で開始されているサービスを日本に持ってきて、無事にサービス開始させるのが担当でした。同じ製品ですが、個人向けと法人向けがあり、最初日本に持ってくるところはその個人向けと法人向けの両方を担当していました。サービスを日本に持ってくるのは聞いていたのですが、技術的にはほぼ同じですが、個人向けと法人向けである意味2つの製品を同時に進めるのがしんどかったです。
ラッコ先輩
そうすると、毎日終電という感じだったのですか?
武田ヨシミ
いえ、私はさっさと家に帰っていました。役員面接のときに「前職では、帰宅がとにかく遅いのが大変だった」と話したら、「うちの会社だったら、仕事さえしてくれれば、どこで働いてもいいよ。何なら出社しなくてもいいよ!」と言われていました。とはいえ、出社しないのはまずいだろうと思い、会社には行っていましたが、遅くとも午後7時にはさくっと帰宅していました。家でご飯を食べて、必要であればその後家で仕事する、というスタイルにしました。
ラッコ先輩
こういうメリハリのある働き方は外資っぽいですね。
武田ヨシミ
役員だけでなく本部長も面白い人でした。本部長いわく「私は日本のパソコンメーカー出身だけど、前職では一生懸命長時間働くこと自体が目的化していて、無意味だと思っていました。重要なのは短時間でいい仕事をすること。いい仕事したら、後は遊んでいてもいいですよ」と平気で言う人でした。とはいえ、遊んでいる人はいませんでしたね。
ラッコ先輩
法人向けの製品と、個人向けの製品を両方担当というと、かなりアプローチも違うので大変ではないかと思います。
武田ヨシミ
前職では個人向けのマーケティングをやっていたので、ここで初めて法人向けのマーケティングに関わりました。転職早々弱音もはけないと思い、「何でも知ってます。お任せください」的な顔をしながら、IT業界の法人向けマーケティングについて結構学びました。最初が一番大変でした。ただ、その後、法人向けのほうが面白くなったので、個人向けの部分は新しく入ってきた人に任せて、法人向けに特化できました。
ラッコ先輩
こちらでも英語は使いまくりですか?
武田ヨシミ
はい、使いまくりでした。外資系IT企業のマーケティング、特に大手はまずは「本社の大方針ありき」なんですね。会社ごと、製品群ごと、各製品ごとにどのようにマーケティングをやるかが大体決まっています。よって、大方針をいかに現地に落とし込むか、各地域の違いを理解しながらどういう手法を選ぶか、などをマーケティング支援会社と一緒に考えていく感じです。そもそも何をやるかを正しく理解する、日本での施策を立案する、それを承認させる、定期的に報告する、といった活動がほぼ英語です。
ラッコ先輩
そうすると、英語ができないと辛いかもしれませんね。
武田ヨシミ
英語ができない人は、製品やサービス担当になって本社とやり取りするのは難しいと思います。逆に、「展示会担当」「広告取りまとめ担当」など、現場に近くなると英語なしでもやっていける余地はありました。
ラッコ先輩
その後、外資系IT大手B社から、同じく大手のC社に転職されていますね。
武田ヨシミ
はい、実は部署ごとリストラになりました。
ラッコ先輩
それはびっくりですね。具体的にはどのようなことが起こったのでしょうか。
武田ヨシミ
当時担当していたサービスが、もう継続開発しないことが決まり、チームごとリストラされました。
ラッコ先輩
これはかなりショックですね。思い入れもあるでしょうし。
武田ヨシミ
いや、実はそこまで思い入れはありませんでした(笑)。私を採用してくれた役員も、本部長も、部門の業績の責任を取って退職していたので、自分もいつ退職するか分からないと思っていました。仕事に誇りはあるし、会社のことも好きだし、同僚も大好きでしたが、常に冷めていたかもしれません。
ラッコ先輩
具体的にはどのように通知があったのでしょうか。
武田ヨシミ
ニュースで知りました。「この部門がリストラ対象となり、グローバルで何人削減される見込み」という報道です。社内の公式発表はその翌日でしたが、私は「来るべき時が来たな」と思い、即人材エージェントに連絡を取りました。
ラッコ先輩
その後はどのような流れで社内で告知されたのでしょうか。
武田ヨシミ
私の事業部門のトップから、グローバルの部門全員にメールが出ました。「組織をリストラするので、対象となる部署には追って連絡があります」と。結局、日本では私を含めて、10名ほどがリストラになりました。退職金の割り増しと、3カ月は出社せずに給料が出る、という内容だったので、悪くないと思いました。社内結婚していた夫に、「せっかくの機会だし、旅行に行きたい」と行って、夫婦で旅行してきたりしました。
ラッコ先輩
その後は再び転職先を探したのですね。
武田ヨシミ
以前の転職の時にお世話になったエージェント何名かにお声がけして、すぐに何社かと面接しました。法人向け製品のマーケティングもあれば、個人向け製品のマーケティングもありましたが、今回は外資系大手C社の基幹製品のマーケティング担当です。
ラッコ先輩
なぜ、このポジションを選ばれたのですか?
武田ヨシミ
理由は2つあります。まず1つめは、「マーケティングの予算規模」です。私はずっと、会社の傍流製品サービスばかり担当してきました。マーケティングで使える予算規模も、主力製品からすると一回りも二回りも小さいんですね。よって、会社の基幹製品のような大きな規模のマーケティングに携わってみたいというのが1つです。
ラッコ先輩
なるほど
武田ヨシミ
そして2つめは、「マーケティング担当が複数人いる製品」です。一人しかマーケティング担当がいない場合だと、どんな時も自分に責任が来るので結構大変でした。よって、チームで1つの製品を担当したほうが「楽」かなと思いました。この時、既に一人目の子供が生まれていたので、仕事と家庭のバランスを考えねばと思いました。
ラッコ先輩
お子さんがいると、色々と待ったなしになりますよね。
武田ヨシミ
そうです。もともと、仕事に対してそこまで熱くはならないですし、子供もいるとなると、とにかく効率的に働きたいなと常に思っています。
ラッコ先輩
二度目の転職はスムーズにいきましたか?
武田ヨシミ
比較的スムーズだと思います。一度目の転職よりも、やりたいことを絞り込んで「法人向けIT企業のマーケティング職」だけで探しましたので。以前からお付き合いのあるエージェントの方々にもよく御料力頂きました。
ラッコ先輩
面接はどのようなステップでしたか?
武田ヨシミ
一次面接と最終面接だけでした。一次面接は、部長クラスと課長クラスが数名です。全員男性でスーツにネクタイで、ちょっとびっくりしましたが、実際に入社すると服装は自由でした。面接ではやってきたことについて聞かれましたが、前職で私を採用した役員が業界で結構有名だったみたいで、思い出話で盛り上がりました。「リファレンスチェックしてもいいですか?」と聞かれたので、OKですと答えました。
ラッコ先輩
リファレンスチェックは、「第三者に、転職希望者の評判を聞くチェック」ですよね。
武田ヨシミ
はい、そうです。リファレンスチェックを言われたのは初めてでしたが、前の役員にLinkedinで「よろしく」と頼んでおきました。特に問題なしでした。
ラッコ先輩
二次面接はどのような感じでしたか?
武田ヨシミ
執行役員クラスの面接でした。ざっと自己紹介した後で、質問タイムになり、自分が気になったことを色々と聞きました。「日本の全中小企業の何%の利用してもらう」といった話が出て、「さすがに圧倒的No.1製品で、話が大きいな」と思ったのをよく覚えています。
ラッコ先輩
これで入社となったわけですね。ちなみに、転職されて前者と違いを感じますか?
武田ヨシミ
どちらもアメリカ企業ですが、違いはありますね。前職はマーケティングより営業のほうが社内の地位が結構高かったのですが、今の会社はマーケティングは営業より常に上、という感じがしますね。とはいえ、全く気にしていません。あとは、開発者の方を中心に服装がみな自由、というか、自由過ぎる感じで驚きました。前職は、日本には開発はほとんどいなかったので。
ラッコ先輩
ちなみにお給料はこれまでどのように推移してきましたか?
武田ヨシミ
新卒で入った会社は辞めるときの給料が400万円くらいでした。これが外資系大手B社に転職したら550万になり、辞めるときには1000万円くらいでした。C社に転職したときには、1100万円で、現在は同じく1100万円程度です。
ラッコ先輩
マーケティングは、営業のような多額のインセンティブボーナスは出るのですか?
武田ヨシミ
管理部門よりは多いが、営業よりは少ないという程度です。今年の年収もインセンティブがかなりいけば、1200-1300万円くらいはいくのではと思っています。
ラッコ先輩
最後に、転職希望者に一言お願いします。
武田ヨシミ
私はたまたま外資系IT企業に転職しましたが、外資系の大手IT企業はかなりおすすめです。まず、給与水準が日系より圧倒的に高いです。あとは仕事をボンと任せて、後は自由にやれというカルチャーなので、事細かに指示されるのが嫌いな人は向いています。マイナス点としては、あくまで海外にある本社で立てた戦略を戦術に落とし込むのが仕事になる点ですね。ゼロから企画を作る、というよりは、大方針を現地流に落とし込む感じです。「ゼロから全部自分でやりたい」というこだわりが強い方は、向いていないと思います。

 

インタビュアーのラッコ先輩のフィードバックです。

ラッコ先輩
仕事に対して、そこまで熱くならない、のめりこまないというスタンスが新鮮でした。家庭・仕事・働き方・年収を考えると、かなり良いバランスが取れていると思いました。

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